たしな美
Dec 24, 2014

年賀状を書く

手紙のマナー

年賀状は書き終えましたか。

すべて印刷文字で年賀状を作る方も多いかと思いますが、

手書きで一筆添えると、受け取る側も嬉しいですね。

 

綺麗な字を書くポイントは、字の中心をそろえるということ。

そのためには、 「姿勢」が大切。

 下半身を固定し、上半身が柔軟に動くようにすること。

できれば、正座をして机に向かうのがよいですね。

椅子に座って書く場合も、足の裏をしっかりと床につけて、

 背筋を伸ばして紙に向かうとよいでしょう。

字は姿勢から。

そして、心のあり方を表すということでしょうか。

 

羊

 

Dec 19, 2014

座る時の気配り

テレビ番組の対談のとき、

茶道家の塩月弥栄子さんが気をつけていたことがあります。

 

三人の方が並んでお話をするなら、

真ん中にいる自分が両隣の先生方よりも少し椅子を後ろにずらすように、

心掛けていたそうです。

 

ご自分が大柄だということも理由の一つのようでしたが、

 

出しゃばらずに、

控え目に、

という配慮をしていたというのです。

 

大和撫子の心意気を見る思いがしますね。

 

それが、たしな美人。

 

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赤いソファー

 

Dec 6, 2014

「即今」の意味するものは

お茶席で使われる禅語「即今々々 (そっこん そっこん)」

桃山・江戸初期の禅僧江月宗玩の言葉です。

宗玩は、お茶を一服いただいた後に「即今」と書をしたためたといいます。

今この瞬間が大事であるのだ。

昨日は既に過ぎてしまって、明日は分からないのだから、今を精一杯生きなければならない。

今は過去と未来、始まりと終わりをつないでいる凝縮された
一点。

茶室でのこのお茶を飲む瞬間が人生のすべてであると。

この瞬間が幸せなら、人生は幸せ。

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今この瞬間が今を生きることのすべてであるなら、

例えば、スマホの手を止めて、目の前の人の話に耳を傾けることだって、

今を生きることになるということですね。

反省です・・。

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Nov 15, 2014

「喫茶去 (きっさこ)」は

お茶の席で使われる禅語喫茶去 (きっさこ)

禅僧趙州の言葉です。

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時々床の間のお軸で、この言葉を見ることがあります。

「まあ、お茶でも飲もう」と、

忙しければ忙しいほど、そこで深呼吸をして、

まず一服のお茶を飲むことの大切さを語っているのですね。

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その時ふわっと暖かい気持ちになり、活力が蘇り、前に進む気持ちになるものです。

どうぞリラックスしてくださいと、

もてなす側の相手に対する深い思いやりの心の表れなのですね。

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丸窓と廊下

 

Nov 13, 2014

手紙でお礼の気持ちを

以前仕事で、

外国からくる司法文書をたくさん目にする機会がありました。

そこには、封蝋(ふうろう)に印璽(いんじ)という

差出人を証明するスタンプが押印されていました。

西洋の香りが漂ってくるようでした。

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日常の生活の中で、素敵なお手紙をいただくと、とっても嬉しくなりますね。

昨今はメールのやり取りが増えて、手紙を贈るということが

少なくなりました。

 

しかも、手書きではなくて、パソコンで作って印刷していまっています。

たまには筆ペンで、せめて封筒の宛名書きだけでもと思います。

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その手紙の格によって、頭語と結語の組み合わせが変わります。
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頭語が「謹啓」なら結語は「敬白」。

一段格を下げれば、「拝啓」と「敬具」。

さらに一段下げれば、「前略」と「草々」。


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文書や手紙は格が上がるほど、上質の紙を使ったり、

 

使う言葉も変わったりしますが、

 

時には、手紙でお礼の気持ちを贈りたいものですね。

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手紙

 

May 29, 2014

抹茶の由来とその効用

おはようございます。

昔は丁稚奉公の丁稚さんが、朝、滋養と強壮、眠気を覚ますために抹茶を飲んで

働いたという話を聞いたことがあります。

もともと「抹茶を飲む」というのは、

禅僧が修行中眠気を覚ますために大切なものとされていたようです。

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新緑の竹

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日本に初めて抹茶を取り入れたのは、禅僧の栄西(1141~1215)でした。

27歳のときに宋に渡った栄西は、そのときたった50日しか滞在することができなかったそうです。

その後、禅の奥義を極めたく、4年後にインドに向けて船出しました。

ところが、船は宋に着いたため、そのまま4年間、宋に滞在したのです。

そして、禅の教義を学び、手には抹茶を携えて帰国しました。
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人一倍修業熱心だった栄西は、抹茶が修業には不可欠だと思っていたのですね。

帰国後、佐賀県背振山に茶の種をまきました。

その地名の石上(いわがみ)にちなんで、「石上茶」と呼ばれたのです。

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思いというのは、ちゃんと次の世代に受け継がれていくものですね。

栄西の思いをしっかりと受け止めたのは、明恵上人でした。

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栄西から茶の種を贈られた明恵は、それ以後、日本国内にこの茶の種を広めていったのです。

京都の仁和寺、奈良、三重、静岡などにも植えられ、全国的に茶の栽培が盛んになっていきました。

足利義満将軍は、ことのほか茶の湯にも熱心で、

「宇治茶」は、義満将軍のおかげで本場京都での名声を高くしていったのです。

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その後、大名、武士の間で茶の湯が盛んに行われるようになってなっていきましたね。

更に、武士の喫茶の習慣が次第に町人や農民にまで広まっていきました。

農民の茶寄り合いでも茶会を開くようにまでなっていったということです。

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小川と緑紅葉

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元々、抹茶は眠気を覚まし、滋養と強壮剤としての役目をしていたのですね。

今度、6月8日の「浴衣のたしな美」講座でも、中間に抹茶を飲むコーナーを
もうけました。

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書家の林拓鶯さんのお話を聞きながら、味わい深いお茶をいただきたいと思っています。

よろしければ、どうぞご参加ください。

本日もお読みくださいまして、ありがとうございました。

佳き一日をお過ごしくださいませ。

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“浴衣のたしな美”講座

6月8日は、書家林拓鶯さんのお話があります。

7月7日の”浴衣のたしな美”講座は

若々しく見えるポーズとメイク、

和食のテーブルマナーなどを行います。

“和のたしな美塾” 講座。

6月20日は、

江戸庶民の生活術に学ぶ「環境に優しいエコな生活術」

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和室の着物姿

 

Apr 18, 2014

花を弄すれば、香り衣に満つ〜お茶席でのおもてなし

おはようございます。

お茶席では、掛軸も花もお釜も屏風もすべてその日の客人のためのおもてなしの心の表れとされていますね。

掛軸に表す言葉、そのものも、おもてなしの心です。

昨年の横浜三渓園でのお茶会で、

私の師匠がお茶席のために用意した掛軸です。
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「弄花香満衣(はなをろうすれば、かおりころもにみつ)」

待ち望んでいた春になって、野にいでて花を摘めば、

その花の香りが着物の袖にほのかに移るようです。

明るい春の陽射しの中で、香しい甘い香りを、心から愛おしむような句ですね。

寒さにじっと耐えていた冬がやっと終わり、雪が解け、

小川のせせらぎが聞こえる中で摘む花の初々しさと香しさ。

それを想像するお客様をほんわかした思いに誘いますね・・。

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もともと、これは唐の詩人、干良史の詩「春山夜月」の一句です。

臨済禅の祖、南宋の虚堂智愚(きどうちぐ)禅師が禅的に解釈して提唱に使ったために、

禅語になったということです。

実はこの句の前に、

「掬水月在手(みずをきくすれば、つきてにあり)」という句があります。

非常に高いところにあって手に取ることのできないお月さまを、

水を手ですくうと、自分の手のひらの中に映るのです。

お月さまは今私の手のひらで煌煌と光を放っています。

何と素晴らしいことでしょうか。

禅の提唱に使うほどの言葉ですから、この言葉にも深い意味がありそうですね。

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苔むした手水
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原因があって結果があるのだから、

ただぼんやりしていたのでは何の結果も得られないのだよ。

花を摘んでもてあそばなければ、花の香りが着物の袖に移ることも、

水を手にすくわなければ、お月さまが手に入ることもないのだよ、

ということです。

結果をあれこれと案じるよりも、まず何らかの行動を起こしなさい。

そうしなければ結果は得られませんよ。

思い悩むより、まずは実行しなさい。

背中をポンと押してくれる、

そんな含蓄が込められているように思います。

時には、思い切って行動してみることが大切ですね。

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本日も最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。

心晴れやかに、最高の一日をお過ごしくださいませ。

 

Apr 3, 2014

増上寺の献茶式に参列して

おはようございます。

昨日は、芝、大門の増上寺の献茶式に行ってまいりました。

浄土宗宗祖法然上人の命日の法要ということで、表千家の堀内宗完宗匠によって

ご本尊の阿弥陀如来と法然上人にお茶が献ぜられました。

 

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桜の花が満開で、

朱塗りの建物やすぐそばにそびえる東京タワーの赤い色と桜の花がうまくマッチして、

素晴らしい風景を見ることができました。

 

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元々は正月25日が法然上人の命日で、正月に一週間、御忌献茶式として修されたようですが、

明治ごろから4月に営まれるようになったそうです。

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御忌献茶式は今年で31回目を迎えました。

昭和57年、法然上人の降誕850年慶讃法要から始まったのがこの献茶式です。
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増上寺は、徳川家の菩提寺として、六人の将軍(二代秀忠公、六代家宣公、七代家継公、九代家重公、十二代家慶公、十四代家茂公)の墓所がもうけられています。

 

そこには各将軍の正室と側室のお墓ももうけられていますが、家茂公の正室で悲劇の皇女として知られる和宮のお墓もあるということです。

 

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昭和20年に空襲によって、三解脱門や黒門などを除きほとんど増上寺の建物は消失したのですが、

その後復興を遂げ、現在に至っているのですね。
「三解脱門(さんげだつもん)」は、三つの煩悩であるむさぼり、いかり、おろかさを解脱する門のことだそうです。

この門をくぐることによって、三毒(三つの煩悩、貪・瞋・痴)が解脱できるとされています。

今抱いている悩みを解消したいなあという時に、この門をくぐって、三毒を解脱できるといいですよね。

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本日もお読みくださいまして、ありがとうございます。

東京は桜の花びらが散る様さえも美しい季節です。

今日も佳き一日になりますように。
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Jan 15, 2014

初釜で味わう以心伝心のおもてなし

昨日の「初釜」はお天気に恵まれて、よい雰囲気を味わうことができました。

茶道の心は「和敬清寂」といわれます。

主人も客もお互いに心を穏やかに和して、つつしみ敬い、茶室のしつらえを味わい、清らかな雰囲気を大切にすることです。

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茶室に入る前の外の「待ち合い」のところから、もう既に主人のおもてなしは静かに始まっています。

まさに「以心伝心」です。

にじり口から身をかがめて薄暗い茶室に入ります。

先にお軸、お花、炉、屏風などを客は拝見します。

薄暗い空間で、炭を炉に入れるお手前を拝見してお菓子をいただきます。

次第に炭とお香の香りが漂ってきます。

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次に客は部屋をいったん出て外の待ち合いに戻り、茶室に入り直しをします。

その空間には光が少し差し込み、お軸が輝きます。

そこで濃い茶をいただきます。一つの茶碗を回し飲みします。

暗さから明るさへ。

冷たさから暖かさへ。

緊張した雰囲気から和らいだ雰囲気へ。

次第に身も心も空間に融け込んでいくような感じです。

凛とした中でもその二局を体験することで、それぞれのよさが引き立ちます。

愛と悲しみ。

歓びと嘆き。

美しさと醜さ。

私たちは今生でどちらも体験することで、深い人の思いに共感ができるようになるのですね。

昨日はそんなことを初釜を味わうことができました。
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懐石料理は、禅宗の食事ととてもよく似ています。

すべては黒いお椀です。いただくものは、お刺身、野菜の煮物や焼き魚などなど。

最後にご飯を一口残しておきます。

焦げたお米の入ったお湯がやってきます。

 

 

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みそ汁椀とそのご飯のお椀に、そのお湯を注ぎます。

そこで一緒にいただくお新香でお椀の内側をきれいにしながら、

ご飯を食べきり、お椀の中味を吸いきります。

最後に懐紙で内側を綺麗にふいて、椀類を綺麗に重ねてお返しします。

食べ残しがあれば、自分で持って帰ります。
 
客のお食事がすむと、各自のお盆の上に、一斉に箸を音が出るように置きます。

それが食事は終わりましたの合図になります。

なかなか主人には、その音が聞こえないので、

つい声を出して「終わりました」と言ってしまいますが・・。

 

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以心伝心。

客が茶室のにじり口から出入りする時、最後の客は、その戸を音を立てて閉めます。主人に聞こえるようになるべく大きな音で。
それが「みな入りました」「みな出ました」の言葉に替わる合図なのです。
 
懐石料理をいただいて、いま食事が終わりましたというときも、お盆に箸を落として音を立てて、主人に知らせるのです。
 
日常にはない、何とも言えない静寂さの中での音の素晴らしさ、心の表現を感じますね。
 
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Dec 17, 2013

新島八重の「寂中庵」への思い

皆様、おはようございます。

いろいろ励ましのお言葉をいただきまして、ありがとうございました。

やっと元気を取り戻してきました。

 

「夢は枯れ野を駆け巡る」の心境でここ4、5日過ごしていました。

あれもしたい、これもしたいと思うだけで、体が思うように動きませんでした。

 

病気になると、いつまでこれが続くのか先行きが見えない不透明さとともに、健康でいたときに体を乱暴に扱っていたことへの申し訳なさ、頑張ってくれていたことへの感謝の思いが交錯してくるものですね。

 

身体は大切にしないといけませんね。

 

皆様も、どうぞお気を付けてお過ごしくださいね。

 

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NHK大河ドラマ『八重の桜』が最終回を迎えましたね。

時代は欧米列強と肩を並べる富国強兵の時代、大国との戦争の時代へと突入していきました。

そして、兄覚馬、前会津藩主松平容保、そして、夫新島襄を、実母をと、次々と亡くしていきます。

 

「みいんな、いなぐなって、しまったあ・・」と、涙で語る八重。

 

だれにでも必ずやってくる身近な人たちとの別れ。

 

襄の魂がやって来て、彼女を後ろからそっと抱きます。
「八重さん、貴女が強くあるように、貴女のそばにいつもいます。」

 

 

 

夫襄の死後、心を潤したのは茶の湯だったのですね。

そこには、心の安寧を得ることができる世界があったのだと思います。

 

同志社の理事大澤善助から、娘に茶道を教えてほしいと頼まれたことがきっかけで、自宅の一室を改造して茶室を作りました。

裏千家第13代の千宗室(円能斎)が、「和敬清寂」という茶の湯の真髄の四文字から「寂」という字をとって、そこは「寂中庵」と命名されました。

 

「和」とは、とらわれの心から開放され、和らいで混じり合うこと。

「敬」とは、敬い尊敬すること。

「清」とは、あらゆる対立を超越した清らかな心。

「寂」とは、「空」や「無」の境涯のこと。あらゆる対立を超越してこそ得られる不動の心と言えるでしょう。

主客相互が職業や地位、貴賤などを超えて、尊敬し、認め合うこと。

赤十字の看護婦として先頭に立って陣頭指揮した八重にとって、命とは敵も味方もない、尊い存在そのものであったのです。

日本が国意を高揚させながら戦いに向っていく様は、見ていてさぞ辛かっただろうと思います。

 

明治維新に伴う大名家の廃止などによって茶道は廃れていったようですが、八重が茶室「寂中庵」を開いて、女性に茶道を教え始めたため、裏千家は女性の間に広まっていったそうです。

女性の品格や知性、教養を磨くことこそ大切であり、それが社会を、世界を変えていくと、考えていたのでしょう。私も共感できます。

 

1890年(明治23年)には茶名「新島宗竹」を許され、女性では最高位にあたる裏千家の師範にまで上り詰めました。

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「会津のおなご」の誇りを生涯持ち続け、最後まで「わだすは、あきらめねえ」の精神で生き抜いた女性の生き様は、学ぶべきところがたくさんあります。

時代も生き方も全く異なる現代ですが、

私たちも人生の最期まで、あきらめないで夢を追い続け、生きていきたい、そう願っています。

 

 

 

 

 

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